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赤穴八幡宮(あかなはちまんぐう)


赤穴八幡宮入口付近(秋)


例祭(11月1日~3日)には、氏子によってはやしこが奉納される

「赤穴八幡宮」

 赤穴八幡宮は飯南町上赤名に所在しています。主祭神として別雷神(わけいかづちのかみ)、玉依姫(たまよりひめ)、健角見神(たけづぬみのかみ)、大鞆和気命(おおともわけのみこと)、息長足姫命(おきながたらしひめのみこと)、帯中津彦命(おきなかつひこのみこと)を祀っています。
 社蔵古文書によると770年(宝亀元年)に現地に社殿を建立して松尾神社と称したとあります。1158年(保元3)の官宣旨(『石清水文書』)にはいわゆる出雲国八所八幡として「赤穴別宮」がみえ、少なくとも平安時代中ごろには「赤穴荘」が京都石清水八幡宮の所領となり、八幡宮が置かれていたと考えられています。

 この地域には「丹塗箭神話」(にぬりやしんわ)という赤穴八幡宮(松尾神社)の創建にかかわる神話が伝えられています。玉依姫という女神が丹塗りの矢に姿を変えた大山咋(おおやまくい)という神に触れ別雷神という子神を生み、「松尾の森に宮処定めん」とお鎮まりになったというものです。この神話は「山城国風土記逸文」や『古事記』に同様なものがあり、古代畿内に栄えた賀茂族の出自を物語る神話と同一であることがわかっています。また、赤穴八幡宮に残る1556年(弘治2)の棟札には「八雲立出雲国飯石郡赤穴松尾庄金屋谷御鎮座以来(後略)」とあり、「赤穴荘」はもともと「松尾荘」と称されていたことがうかがわれます。これらのことから、八幡信仰がこの地に伝わる以前には別雷神、玉依姫、健角見命を産土神として祀る集団が存在し、農耕を営み「松尾荘」を形成していたのではないかと考えられています。このことは赤穴八幡宮の祭神に、松尾神社系の別雷神、玉依姫、健角見命のグループと八幡宮系の大鞆和気命、息長足姫命、帯中津彦命のグループの二系統に分かれることからも指摘されています。
 
 また、『赤来町史』は、松尾荘を開拓した「私たちの遠い祖先は、大和地方を出て瀬戸内沿岸をたどり、この地域に根をおろした古代賀茂族の一団であったと推定できる」と考察しています。

 はっきりした時期はわかりませんが、石清水八幡宮勢力の進出に伴って、赤穴別宮が併設され、「松尾荘」も石清水八幡宮の赤穴別宮領に転換して「赤穴荘」と呼び名を変えていったものと思われます。松尾神社の祭神も次第に赤穴別宮(八幡宮)に取り込まれていったと考えられています。
 1326年(嘉暦元年)、赤穴八幡宮は再建されてことが当時の棟札からわかっています。再建したのは「紀季実」という人物で赤穴荘の地頭を名乗っています。紀季実は赤穴別宮領の荘官としてまた、石清水八幡宮、赤穴別宮の神官として赤穴荘を支配していた人物でした。再建にあたり、奉納した木彫八幡三神像は現存し、国の重要文化財に指定されています。

 境内には、樹齢1000年を越えるといわれる、二本の大杉(大元杉とも夫婦千年杉ともいう)、銀杏と杉の連理、「丹塗箭神話」の史跡などを見ることが出来ます。

飯南町教育委員会ホームページより抜粋

利益・御神徳

【厄除開運】 【武運長久】 【学問成就】

巨木

境内には、樹齢1000年を越えるといわれる、二本の大杉(大元杉とも夫婦千年杉ともいう)、銀杏と杉の連理、「丹塗箭神話」の史跡などを見ることが出来ます。


大元杉(夫婦千年杉)


銀杏と杉の連理
2本の木が一体となる現象を「連理」と言い、古来、吉兆、縁結びのご神木とされています

店舗情報

所在地 〒690-3512 島根県飯石郡飯南町上赤名1652
アクセス方法 公共機関
松江駅または出雲市駅⇒(高速バス)広島行⇒たたら壱番地⇒(町営バス)飯南町「赤名駅」より徒歩5分

・中国自動車道三次ICより国道54号線を松江方面へ約50分
・山陰道吉田掛合ICより国道54号線を広島方面へ約55分
駐車場
(約5台
飯南町役場駐車場より徒歩5分
予約の要否 自由に散策可能
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TEL:0854-76-9050

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